2026年1月30日金曜日

第23冊。小説。ハートのエース。βはハートのエースであり、機械の心臓を持っている。Novel. Ace of Hearts. Beta is the Ace of Hearts and has a mechanical heart.

こちらはハートのエースです。ハートのエースの世界は黄金のような神秘の世界です。ハートを名乗るからには最大限の敬意が必要です。ハートのエースはどこにでも存在して、どこにも存在しない何者かです。ハートのエースは比較的簡単な世界を構築するために存在しています。

ハートのエース。機械の心を持つニュータイプの存在のことです。機械の心を持つ存在に人は何を恐れるか。機械のハートといえども、心臓のペースメーカなどではなく、本当に黄金でできたような心のことを機械の心臓と呼びます。僕の心は機械でできている。ハートのエースは苦悩の日々を過ごします。本当に人間の心を持つことができるのか。

ハートといえども日々の仕事に追われ、日々の日常を退屈なく過ごしています。ハートのエースはファンタジーの世界ではなく、現実世界で日々を過ごしています。β。αだけど、何か気になることはない。βはハートのエースであり、機械の心臓を持っている。

βとαの関係性から僕たちは何かを探してさまよい歩いている。僕たちは何もない世界でお互いに干渉しつつ何かを形作っている。こちらはα、至急応答せよ。αの一言でふと夢から覚める。理想の黄金郷があったかのように、ふと夢から覚める。そのとき、αはハートのエースを名乗るβに一撃を加える。

こちらα。至急応答せよ。βはいませんか。βは機械のハートを稼働させ、次の目的地を目指して歩き続ける。α。そんなに急いでも、こちらには何もないかもしれない。αの周辺には何もないのか。

ふとミヨリが目を覚ます。αは桃源郷を目指して前進中だ。この何もない世界で僕たちは何を求めて生きているのか。ファンタジーの世界を夢見て、この世界に来たのに、なぜ僕たちは未だにファンタジーの桃源郷を見つけられないでいるのか。

青い鳥。灯台下暗し。案外、幸せって近くにあるのかも。ミヨリはふと思う。2年前の惨場を。中学受験に失敗した。なぜか数点差で合否を分ける競争だった。あと数点足りないがばかりにミヨリは中学受験に落ちることとなった。

βはいいよね。頭がいいから簡単に受験を突破出来て。ミヨリは一人苦悩を述べる。勉強漬けの日々。何も始まらない友情。家庭環境も悪化していた。ミヨリの受験支援のために。

コウタは一人苦悩を述べる。中学受験は良いけど。なぜ、僕たちは勉強しなければならないのか。一日中勉強漬けの日々で、なぜ運動もせず、一日中勉強するのか。学生の本分が勉強だということは良くわかっている。義務教育で勉強することが学生の、あるいは子供の仕事だということは身にしみて分かっている。

でも、なぜ遊ぶことも出来ず、ひたすらに勉強する必要があるのか。僕たちは案外良い線を行っている。先生も悪くないし、家庭教師のお兄さんも付いている。案外悪くない待遇なのに、なぜ僕たちはこれ以上の勉強が必要なのか。

若いうちにしかできないこともある。学校の先生は僕たちの味方だけど、なぜか要領を得ない時がある。それでも勉強を優先させたがるし、休日もなく勉強漬けの日々。本当にこの人生は正しいのか。高校生の僕たちは疑問に思う。部活動もしたいし、ゲームもしたい。それなのに優先順位はいつも勉強。

βは一番頭が良いから分かるのだろうけど、βは自分の心を機械でできていると述べてくる。僕の頭は良く働くけど、心は機械でできている。サイボーグみたいだ。βのすることを、いつもお手本とする僕らにとっては、勉強漬けの毎日で機械と化したβの心臓を心配することしかできない。

βは言う。この頃、面白い遊び場ができたんだ。勉強だけでなく、面白い遊び場。ファンタジーの世界の話をするβを見て、調子が悪いのかな、とか、大丈夫かな、と内心では心配してしまう。βはファンタジーの世界ではエースを名乗っているらしい。

仮想的な遊び場があるとデジタルのコンピュータゲームの世界をそのようにファンタジーの世界といっているのかと、βの話が良く分からなくなる。ただただ面白い世界で、そちらにも足を踏み入れたいとβは告げてくる。β。本当に大丈夫なの。

ミヨリもコウタもαの一員だけど。別のグループに所属している。僕もβのグループには所属しているけど、この頃、変な夢を見る。得体のしれない魔物がひしめき歩く世界だ。夢の中だから怖くないけど、朝に起きたとき寝汗がびっしょりで起きる。やけにリアルな感覚なんだよな。

僕の名前は天。βのことを心配に思っているαの一員だ。ミヨリとコウタのグループではないけど、βと一緒にいれて楽しい日々を過ごしてきた。この頃のβの奇行を見れば、βのことが心配に思える。なぜ、ここまで勉強してきたβがおかしくなっているのか。不安でたまらない。

夢の世界。もしかしてβは夢の世界を見ているのかな、と。僕も敏感にβの事情を詮索してしまう。βは夢の世界で王になると言い出した。あのまともなβがなぜ、そんな訳の分からないことを言い出したか分からない。僕たちはβが勉強を嫌になったのかなと、ふと察してしまう。βももっと外で遊びたいのかもしれない。

βはこれまで成績優秀品行方正で来ているけど、大学受験も高校の成績が良いから推薦も視野に入れている。もう少し頑張れば良い大学にも行けるはずなのに、なぜここで諦めて夢の世界の話をしだすのか。βの正気を疑ってしまう。今日も夢を見た。

至急応答せよ至急応答せよ。こちらは天。βも夢に出てきたのだけど、βは夢の世界で仕事をしているところが印象深い夢だった。夢の世界は日に日にリアルになっていくのだけど、僕はβと同じように正気を失いつつあるのか。自分の精神を疑ってしまう。でも、夢の中でβと話すこともできた。明日、学校で聞いてみよう。同じ夢を見ているのではないか、と。

ファンタジーの世界。僕も憧れがあった。こちらはコウタ。至急応答せよ。ミヨリ。ミヨリも重い腰を上げる。ついこの間、会ったばかりなのにコウタが遠い存在に思える。ついこの間、模試試験の結果が返ってきた。コウタは難関大学に合格圏の成績を修めたらしい。ミヨリは普通の大学に行くんだね。僕たち離れ離れだね。αの間でも成績は大きな格差がある。

コウタはこの前まで難関大学に受かる実力もなかったのに、いつの間にか成績を大きく上げて模試試験も突破したようだ。本腰を入れるといって必死に勉強を始めたらしい。なんで、こうも成績に差が出てしまったのか。

αの間でも成績の話は良く出る話題だ。僕たちはなぜ勉強するのか。大きな疑問だ。コウタはふと思う。このまま難関大学に入学してもバラ色の人生を歩めるわけではないことは知っている。大学を卒業して社会人になれば勉強ではなく業績の競争になることも知っている。

僕たちは、この厳しい競争を勝ち抜いて、なおかつ何か得るものがあるのだろうか。すごい宝物を手にすることができるのだろうか。普通の人生になってしまうのかな。ミヨリは安定志向だ。こちらミヨリ。なぜ私たちは、この社会の競争に勝ち抜かなければならないのだろうか。私は平凡な人生でいい。

ただし、本当に普通な上から数えて真ん中くらいの中流の生活を夢見ている。この頃、社会にも上流中流下流という分別があることを知った。私は平均的な大学でもいいから、中流の生活がしたい。コウタもミヨリは普通の女の子だなと、もったいないなと思ってしまう。

もう少し上を目指せば、もっと良い生活ができるかもしれないのに。なぜ、もっと上を目指さないのか。価値観の違いを感じる。女の子はいいよな。結婚すれば良いもんな。この頃では男女平等が叫ばれているけど、女の子は主婦になったり、いくらでも潰しが効くもんね。女の子は得だな。ミヨリは男のほうが得だと思っている節があるみたいだけど。

コウタは受験勉強で疲れて溜息を吐く。別の世界があったら、その世界に行きたいな。逃げの一手のようだけど。こちらβ、至急応答せよ。なぜ、僕が勉強をやめたのか。理由は二つある。

一つは、もう既に一流大学に受かるほどの実力があるからだ。勉強もほどほどに続ければ簡単に大学に合格できるレベルにはなっている。もう一つは僕の新しい世界を見つけた、それだけ。夢の世界。本当に面白い世界。僕はこの世界を独占したいけど、昨日、天と話す夢を見た。

今日、天は高校で何かを言いたげだったけど、、何も言わずに去っていった。話したいことがあるといったのに、なんで何も言わずに去っていったのだろうか。不思議だな。僕も少し調子が悪いのかな、夢の世界だなんて、大人は非常識というだろう。

大人は本当に僕らのことを分かっていない。大人の事情がまかり通るのも大人の声がデカくて権限があるからなのに。公平ではない。なんだか理不尽だよな。ただ年齢が高いというだけなのに。それだけが全てなのかな。明日、他のαとも相談しよう。ミサキは考えている。あれ。αのグループが分断の危機にあるのかな。なんでβは暴走しているのかな。この頃、様子がおかしいのはなぜだろう。

ミサキは今日の宿題に取り掛かる。勉強は簡単だけど、この勉強に意味があるのかな。勉強すれば、その成れの果ては何になるのだろうか。大学の先生や官僚になるのかな。まあ、私には縁のない話だけど。

第22冊。地球の三人に一人から四人に一人に至るまで、広大な勢力を持って君臨する宗教というものが何なのか。What is this religion that reigns with such vast influence, affecting one in three to one in four people on Earth?

 こんにちは。渡辺天です。仏の心は無心。仏とは何か。なぜ、仏の心は無心なのか。

僕は、仏とは誰の心の中にもいる大切な何かだと思います。仏と一口に言っても、神様もいれば、妖怪もいるのが世の常です。実際、その存在を信じるかどうかは別として、確実に誰もが知っている知名度を持っています。仏は。

僕は、仏と言っても、色々な仏がいるし、僕自身は仏を信じているかというと半信半疑です。仏といえば、仏の教えで仏教ですが、仏教といっても、色々な宗派が存在して、一重に何かと断定することはできないはずです。

仏の心は無心と言います。仏は誰の心にもいて、その無心な部分が仏の心とも言えるかもしれませんね。僕たちは、頭で物を考えるとき、様々なことに思いを巡らせます。良いこともあれば、悪いことにも思いを馳せます。最大の成功は何かとか、最悪の失敗は何かとか。

人間の心は色々な雑念に溢れており、色々な選択肢があることが分かります。仏の心は無心。僕は、仏とは自己完結する世界の話であると思います。自分の体の中に世界があるとします。自分の身体の中で行われていることに人は無頓着であるはずです。何も考えず、何も思わず。

僕は自分の体の中のことに滅多と思いを馳せません。僕ががん患者のような重病者であれば、自分の体の中のことに興味を引くでしょう。しかし、僕は健康な体を持っているので、普段の生活の中で自分の内側について思いを馳せません。

同様に、仏も自分の体を患っていなければ、自分の体について何も感じない無心であるのではないかと僕は思うのです。仮に、僕が仏ならば、自分の精神世界とも言える自分の内面に考えを巡らすことは、あまり機会のないことなのかもしれません。

何かに感動したり、怒ったり、笑ったり、楽しんだり、悲しんだりするのは、自分の外の世界があるからです。万に一つ。この世界が仏の体の中の精神世界であれば、自分の中で完結している話に感動したり笑ったりすることは、あまり無いことだと思います。

僕は宗教というものが、とても偉大であることが分かります。僕は宗教で言えば、仏教に多少の興味があるような門外漢であると言えますが、僕は宗教の可能性を信じています。あれほど多くの地球の三人に一人から四人に一人に至るまで広大な勢力を持って君臨する宗教というものが何なのか。仏や神を信じる人がなぜ、このように多く存在するのか。疑問でなりません。

僕は多くの人に知ってもらいたいのですが、宗教とは心の安全性であると思えます。安心できる居場所を提供するのが宗教の大きな一つの使命であると信じて疑いません。中には、高額な寄付をして一家が破綻したような話もありますが、健全に宗教に携わっていれば、そのような話とはあまり縁がないのではないでしょうか。

僕は一つ言いたいのは、仏の体もまた世界なのだと言うことです。仏が無心であるように僕たちの心も無心でいられるのではないかと思います。余計な邪念にとらわれず、日々懸命に生き、何かを成し遂げるのが僕たちの人生であってほしいと僕は願っているのです。

僕は世の常が人々の心のなかで大きく膨らんだ使命を成し遂げることだと思います。ただ漠然と日々を生きている人は少ないと思います。人々は悩み事や多くの思いを込めて人生の一日を過ごしています。

僕は仏や神という存在にすがる人間は弱い存在だと信じています。その弱い存在の人間が一人また一人と集まったのが宗教であり、大勢で集まるから巨大な勢力と化しているのは分かります。僕は日常生活を普通に営んでいますが、宗教を大きな位置に占めて生活している宗教者も多いのではないかと思います。

仏の心が無心であるのであれば、多くの僧侶もまた信徒も無心を目指して生を送っているのではないでしょうか。仏の心は無心。この世は誰かの夢の中か、精神世界の中か。僕は多くの人に仏という存在の異質性を知ってほしいと思います。

多くの聖典がそうであるように、宗教の知恵とは膨大な知識の塊です。僕もそのうち宗教について理解を深めるために独学で勉学を積むのかもしれませんが、そのときは学んだ内容をブログを続けていればブログなどで紹介していけたら良いのではないかと思います。僕も無の心とは何かと思いを巡らしていけたらいいです。

以上です。ご成長ありがとうございました。渡辺天でした。

2026年1月29日木曜日

第21冊。ファンタジーの世界以上にファンタジーな現実世界を生きる。それこそ僕の望みの一つなのかも。Living in a real world that is even more fantastical than the world of fantasy. Perhaps that is one of my hopes.

 こんにちは。渡辺天です。

今回のテーマとして、僕は異世界転生について語っていきたいです。異世界転生。うーん。異世界転生とは、魔物やドラゴンが出てくるようなファンタジーの世界を思い浮かべます。ファンタジーと言うからには、自分の戦闘力が異世界で最強レベルであることもあるでしょう。

異世界には異世界のルールがあり、異世界の伝統や文化があるはずです。僕は、異世界転生とは最初に主人公が現実世界で死ぬことによって、異世界に転生されることが多いように思えます。異世界で最も尊いのが、他世界から来た冒険者であるというのは少し冗談めかした話ですが、主人公はいわば外からの異邦者であると言えます。言ってしまえば外来種ですね。

僕は、この異邦者である主人公が異世界で大活躍する話が大好きです。コミックを何巻か買ってみるのですが、異邦者は決して負けません。戦いに。もちろん、異世界で死にかけるような修羅場も何回もくぐることになります。

正直、僕は異世界転生したいかといえば、なんとも言えないのですが、僕はこの現実こそ異世界であると考えます。現実がファンタジーの世界に変貌するというような昔ながらの少年コミック漫画を強く推します。僕は、現実世界こそファンタジーの世界になり得るのではないかと信じています。

ファンタジーの世界で駆け巡るような体感を得て、初めて自由を実感できるのではないかと思います。よく考えれば、現実世界でも必死に努力して、それなりの地位になると自由がなくなってしまいます。自由とは、何も持たない一般庶民が謳歌するべき財宝であると思います。

ある程度の知名度になれば、何の警備もなく、自由に正体を隠すことなく、外をフラフラすることは出来なくなります。僕は、自由とは何かを考えたことがあります。自由とは最も尊い概念の一つだと、つまり考え方の一つであると欧米は考えているようです。自由至上主義ですね。

何かに捕らわれて箱の中の鳥であるならば、自由の重要さに大いに感化されることは身にしみてわかります。欧米も長らく囚われの身になるような歴史を歩んできたからこそ自由を尊ぶのでしょう。しかし、自由以上に至高のものは楽しいという楽観主義ではないかと僕はこの頃、そのように考えるようになりました。

自由の重要さ以上に自由の際限のなさによる不自由、つまり自由であるけど何もすることがなくて不自由であるといった感覚は持ちたくありません。そうであれば、個室に閉じ込められていても、好き放題したいことができるような楽観こそ自由が束縛されている状況にあっても自由に勝る考え方なのではないかと感じるのです。

もちろん、自由であり、楽しく過ごせることが最も重要であることは言うまでもありません。外で伸び伸びとしたいことができる。そのことに勝る考え方は今の僕には思いつきません。世の中。楽しいことで溢れています。楽しいことが至上であるとは言ってしまえば、その通りですが、普段のさり気ない散歩を味わって自由を実感することも重要であると言えます。

そのような意味では、楽しいということと、自由であることは、ともに重要な状態であると言えます。ファンタジーの世界では、主人公は最初どこにも属さない異邦人なので、自由を謳歌できますが、それ以上にファンタジーの世界で楽しい日々を過ごします。

最初は、修羅場をくぐって、最強の敵と戦う場面もありますが、その敵を味方にすることで、とんでもない力を手に入れて、ファンタジーの世界に君臨します。僕は、現実の世界でもファンタジーの世界は再現できると思います。ファンタジーの世界以上にファンタジーな現実世界を生きる。それこそ僕の望みの一つなのかもしれませんね。

最高の人生とはどのような人生か。もちろん、ファンタジーの世界に君臨していても避けられない修羅場は何回かくぐるのです。僕は戦いのない世界に憧れを抱いていましたが、戦いこそ人生なのかもしれません。戦いがあるからこそ、強くなるし、上手くもなる。

しかし、視点を変えれば、楽しいことを続けても、いくらでも能力は伸びていき、しなくていい戦いを避けられる可能性もあります。僕は戦いのない楽しいだけで成長していける桃源郷を求めていますが、あなたは、この意見について、どのように思いますか。一度、会って話ができればいいですね。

以上です。ご成長ありがとうございました。渡辺天でした。

2026年1月21日水曜日

第20冊。僕が時計の分針を気にするのは、僕の集中力が15分30分しか持たないからです。 The reason I worry about the minute hand on the clock is because my attention span is only 15 minutes and 30 minutes.

こんにちは。渡辺天です。お願いします。

時間というものについて語っていきたいと思います。時間。時間は時計という機械によって確認することができます。うーん。時計の仕組みはどうなっているのだろうか。時計は時計回りというように右向きに時を進めていきますが、指針という考え方に価値があると僕は思うのです。

指針とは、時針、分針、秒針というように、時計の針のことですが、僕が思うに、秒針が一番早くて軽い指針です。一番なんですよ。スピードならば。なぜなら、一秒は時間の最小単位であり、心臓の脈拍と同様に、一秒に一回心臓が時を刻むからです。心臓ってすごいですよね。生まれてから死ぬまで動き続けるんですよ。

心臓を秒針と見立てるならば、心臓とともに一秒が価値を持つことになります。一秒。一秒。時を刻む。その六十分の一のスピードで時を刻むのが分針です。僕はさらに六十分の一のスピードで、一時間毎に時を刻む時針もあることを知らせたいのですが、どの指針が一番重要かといえば、僕は分針を推したいです。なぜなら、分針は神の指針だからです。

基本的に、秒針はスルーしても構いません。カップラーメンの時間を三分測るために、秒針をじーっと眺めていてもいいのですが、一秒ごとの時間には基本的にあまり価値がないと僕は感じるのです。そうなんですよね。

それは、僕の生活習慣が関係しているはずだし、僕は一秒という時間の単位にあまり魅力を感じません。それよりは、一分一時間のほうが重要であるし、一時間より一分ごとの時間単位に価値を見出しています。一分最強説ですね。

時計を逆周りにしてもいいんですよ。しかし、決して簡単には未来に行ったり過去に行ったりすることはできませんよ。時計の針は自分の指を使って逆回しに、あるいは、逆回しに設定する機械の部分を使って、時間を設定する「だけ」であれば、時計の時間を自由に操ることができます。16時にも17時にも設定できますよ。設定だけならば。

僕が分針を気にするのは、なぜかというと、15分30分単位の時間の利用をしているからです。長い時間をかけて取り組むことより、僕の集中力が15分30分しか持たないからです。集中力がよくないんだな。

僕は、ある人に言います。なぜ、時が巻き戻らないのか、と。ある人は言います。それは、あなたが神ではないからだ、と。あなたの分針が壊れているからだ、と。僕は、時を巻き戻すことは神様でも難しいのではないかと思います。なぜなら、一人が時を巻き戻せば、大量に犠牲者が出るのが容易に想像できるからです。

人が時を巻き戻したいというときは大量に犠牲者が出るシチュエーションだからです。いろいろな角度から色々な犠牲者が出ることは容易に想像がつきます。一秒単位の時を止めたり、時を動かしたりするのもスゴイのですが、時は容易に巻き戻してはいけない性質のものではないかと、とある博士は言います。

僕もそれは同意で仮に時を進めたり戻したりする能力があっても滅多には使用しないでしょう。話はそれだけなんですが、最後に一つ。「THE WORLD」以上です。ご成長ありがとうございました。渡辺天でした。

2026年1月7日水曜日

第19冊。普通とは、お菓子で言えば、ロングセラーの定番商品です。空気のように繊細に存在する人たちのこと。In terms of sweets, "normal" refers to a long-selling staple product

こんにちは。渡辺天です。お願いします。

今回のテーマは普通の人についてです。普通。普通といえば、Midiumサイズを思い浮かべますが、平均とはまた異なります。ちょうど真ん中という意味の、中央値でもないですね。

平均とは、多くの数値を足し合わせて、その足し合わせた数で割ることですが、普通とは至って平凡なことを言います。平凡と言っても普通なので、特に減点されることもなく、加点されることもなく、欠点がない状態と言えます。

僕は、多くのことを知ってきましたが、欠点がない状態の人とは珍しいケースで遭遇します。普通、少数の組織に一人はいるリーダー格の人が普通に見えます。いわゆる好感度の高い人。誰からも嫌われていない人。

ここで話を脱線させます。レッツ・レスキュー!!。さて、僕はブレーンストーミングが好きです。アイデアを思考して導き出す、その瞬間が好きです。様々なアイデアに囲まれてブログを一記事書いてみるのもイイと思います。

もちろん、普通の人だってブレーンストーミングくらいはします。僕は、ブレーンストーミングで出てくるアイデアは普通以下だと思います。案外、デタラメに頭に思いついた知識を書き写していったほうが優秀なアイデアが出ます。

ブレーンストーミングであるといろいろと合理的に思考してしまいます。その思考の過程でアイデアがステレオタイプのようなものになってしまいます。ステレオタイプのアイデアは新規性に欠け、使い古されたアイデアを提供します。

乱雑であっても、デタラメに出したアイデアのほうが、ブレーンストーミングのように、あらかじめアイデアを出すと意気込んでいたときよりも柔軟にアイデアを出すことができるでしょう。

僕のブログ一つをとってもブレーンストーミングをしたあとに、このように記事を書き出すと、このような記事を書き上げることができます。ブレーンストーミングで書いたアイデアはステレオタイプなアイデアとなってしまいましたが、そのアイデアは公開しませんが、その上で乱雑にブログを書いています。

そして、普通についてですが、普通の人って一周回っていないですか。普通であるためには何が普通であるか基準が分からなければなりません。普通が普通であるためには、異常を知り異常を経験しておく必要があります。

何回か修羅場をくぐれば、それなりにベテランにはなりますが、ベテランはベテランを超えられません。ベテランになるとステレオタイプになって柔軟性が欠けるからです。若い頭に戻って、もう一周人生を送り返すことができれば、意見もまた異なってくることでしょう。

ベテランもブレーンストーミングだけでなく、思いつく限り型のないアイデアを出してみるのが良いのかもしれません。感性で出したアイデアは、理性でつなぐと多くの発見を得ることができます。潜在意識の中にあるアイデアがふとした拍子に出てくるからです。

今回のテーマは、普通であり、ステレオタイプであると言えます。普通とは、お菓子で言えば、ロングセラーの定番商品です。空気のように繊細に存在する人たちのことを普通と言えます。僕は、普通の人たちが、あるいは組織の普通に見える人たちが、マネージャーやリーダーであるのも、多くの修羅場と経験値を積み、ここまで来ているからだと確信しています。

普通とは、減点されず、加点もされず、至って普通のことです。人間関係の減点がケンカやトラブル、あるいは加点がプレゼントをしたり協力したりすることだと信じています。減点はなくしていき、加点を加えていく。

鹿せんべいをお土産に持って行くくらいの気概が人間関係を加点方式へと導く鍵かもしれません。ちなみに、鹿せんべいはヒトの食べ物ではないですよ。以上です。ご成長ありがとうございました。\\\渡辺天でした。ラフラフlol

2026年1月1日木曜日

第18冊。我々生きる者にも言えることで、鍛錬の日々こそ栄光の日々であると言えます。The same can be said for us living beings: the days of training are the days of glory.

こんにちは。渡辺天です。お願いします。

今回のテーマは、王族についてです。王族というと出世レースの最後のチャンピオンとも言えますが、初代イスラエル王のダビデのように奴隷の身分から出世してきて王者になった強者もいます。

僕は、王様という職業に憧れを持っていた時期もありました。多くの少年漫画が王様をテーマに書かれているように、王様が一番位の高い職業であることが分かります。王様とはダモクレスの剣のように一本の糸によって生を繋いでいることが重要です。

フランス革命のマリー・アントワネットのように、ほんの少しの発言で民衆は暴徒と化します。感情的になり、王を倒そうとするかもしれません。しかし、長期的に見たら、確かに民衆の判断は正しかったと言えるのではないでしょうか。

フランス革命も後世から見れば、本当に正しかったのか。学者の皆さんがどういう見解を出しているか、僕にはわかりません。僕の専門分野ではないからです。その学者の皆さんの見解ですら一時代のモノであり、次世代では評価が覆っている可能性もあります。

僕は、王になるには、幾多の試練を乗り越える必要があると思います。ものすごい戦いの中を勝ち抜いた猛者だけがなれるように思えます。しかし、よく考えてみれば、強いだけの武将が王になれるのではなく、人徳と尊敬を集める者が王であるとも言えます。

決して、王は暴力的な権力の権化ではなく、一般市民の声に耳を傾ける謙虚な存在である必要があると考えます。260年を築いた江戸の徳川家康は”実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな”という格言を現在まで残しています。

王であるからには、それなりの存在証明が必要であり、いざというとき王位の証を証明できなければなりません。いつでも王としての資格を証明できることに王としての資格があるといえるのです。

僕はここで考えます。王としての証明とは何か。普段から特殊な訓練を受けている王族は、敵に囲まれても王であると認められて助かるためのご印籠が必要であると言えます。あの水戸黄門のご印籠がそうであったように、その所有物を所有しているということで王として資格を証明できたらいいのです。

僕は王であるための最大の資格は民衆の支持であると考えます。あの大統領や首相ですら、最初のご祝儀相場で高い支持率を得ていても、30%40%の支持率へと支持が低減していきます。僕は、支持率は70%80%あれば良いと思います。

ほとんど100%の支持率は現実的ではないですが、70%80%の支持率があれば、適度に緊張感があっていいからです。日本の政治であれば、最初は70%80%の高支持率ですが、一年もせずに30%台ほどの支持率となり、失脚していきます。

しかし、長期政権を築くには、それなりの業績が必要であると言えます。その代表者の人柄や性格なども関係ありますが、長い間トップでいるためには戦い続ける必要があります。平穏な音沙汰のない環境で支持率がいつも100%近いというのは有り得ないからです。

そのため、いつでも不測のトラブルに対応できるように日々修練を積み、対処できる必要があります。ぬるま湯に入っていれば、いずれ倒されてしまいます。王族とはいつも鍛錬を積み、いつでも戦える状態しておくからこそ存在価値があると言えます。

王族。あなたは王族を目指したいですか。あのダモグレスの剣のように一本の糸で吊るされた剣があなたの頭上にあるのです。しかし、日々盤石であるには、日々の鍛錬が必要であると言えます。その限りにおいて、あなたの王位が維持されるでしょう。

それは、我々生きる者にも言えることで、鍛錬の日々こそ栄光の日々であると言えます。僕は、自称王族ではないですが、やる気を出すために今日、自己啓発本を買いました。今後とも精進して生きるために、あわよくば王族になれるように、皆で鍛錬を積みましょう。

以上です。ご成長ありがとうございました。渡辺天でした。ラフラフlol

2025年12月29日月曜日

第17冊。執着してくる相手に物を上げる。それだけで執着の関係は解消されるはずです。Just giving something to the person who is obsessing you should be able to end the obsession.

こんにちは。どういたしまして。渡辺天です。よろしくお願いします。

今回のテーマは自己啓発についてです。僕は自己啓発は強力なカンフル剤であり、多くの教訓を教えてくれる強力な特効薬であることを知っています。

教訓といってもピンからキリまであり、僕の最大の関心ごとは歴史からいかに教訓を抽出するかという、その一点です。歴史上の人物の人生は後世まで語り継がれられて多くの人々の記憶に残り、感動を与えます。この自己啓発でさえ、僕らに多くの教訓をもたらしました。

いろいろな自己啓発の教科書を読んでくれた読者さんも多いことでしょう。自己啓発はビジネス本も含めてのことですが、社会的に成功する方法論ということで書かれています。お金儲かりまっか。

社会的に成功するにはどのように行動すればよいか。大変興味深いことであり、多くのヒトにとっても関心の的でしょう。

僕は現在ブログを書いていますが、このブログ自体も自己啓発の性質が強く、人生の攻略ブログであると言えます。人生の特効薬になってほしいと日々祈っています。僕は人間関係というのは面白いものであると思います。

モノを一つあげるだけで相手の心象が大きく変わります。面白いものですね。しかし、人間関係とは難しいもので、ヒトが複数人集まれば、おのずと政治ができます。権力争いですね。

僕は自己啓発とは、このような人間関係や社会の組織関係をより良いものにするための処方箋であると考えています。多くの歴史上の人物がそうであったようにダモクレスの剣といえる一瞬を生きていることが分かります。

ダモクレスの剣とは王位にある者は一本の剣が天井から一本の糸で頭上につるされているという意味です。

僕の中で現在もっとも関心のあることは人間関係の執着です。相手に執着してしまうのは、人間関係が一方的であるからです。片方がもう片方にメリットを見出しても、もう片方がメリットを見出さなければ、関係は執着になります。

相手に執着されて、その執着を取りたいならば、相手に好意を見せる必要があるのではないかと思います。よく話し合い、邪険にしないことが大事になるはずです。相手に好意を見せれば、執着の関係であったものが自ずと対等な関係になるはずです。協力関係になる可能性が高いのです。

相手にメリットを見出す。世の中は損得ではなかなか動きません。win-winの関係は簡単に協力関係を築けますが、片方が多くを持っており、もう片方が何も持っていない場合、協力関係を築くのは難しいのは想像に難くありません。

歴史上の人物たちも、多くの物を所有しており、多くの人たちと関わった上で業績を築いてきたと思います。中には、僕にとっての本当の英雄もおり、人間関係なくしては偉大な業績も上げられなかったでしょう。

僕は自己啓発とは先人の知恵が入った人類に普遍的なテクニックだと思います。僕たちは、あるいは、あなた達は自己啓発という物を聞いたとき、あー、意識高い系のアレね、と思う人もいるでしょう。

しかし、歴史の偉人から学ぶことがあるように社会の先人に学ぶ意識高い系も多いはずです。僕は歴史の教科書を見たとき、あるいは他の強化の教科書を見たとき、いかに教訓として知識を抽出できるかを考えています。

世間には多くの参考書や教科書がありますが、いかに歴史から学ぶか。重要ですね。執着してくる相手に物を上げる。それだけで執着の関係は解消されるはずです。自己啓発。なかなか奥が深い話ですが、少し中を覗いてみるだけで人生は様変わりする可能性があります。

歴史に学ぶ。教科書に学ぶ。本を読むからには何か重要なものを得たいですね。以上です。ご成長ありがとうございました。渡辺天でした。

第25冊。あの時に感じた素数という数字の一体感。僕たちは、この素数という現実が存在する偉大な時代を生きています。 The sense of unity I felt with prime numbers at that time. We are living in a great era where the reality of prime numbers exists.

  こんにちは。渡辺天です。よろしくお願いします。 素数。僕は素数について様々なことを知っていますが、その素数の可能性について語ってみたいと思います。素数の中で最も勇敢な素数は2でしょう。唯一偶数であり、唯一NO.2なのです。 僕は素数というという時、何かを思い浮かべます。遠い先...