こんにちは。渡辺天です。
芸術とはプロセスの集合体です。芸術の世界では一時代を築くような大作が何十年に一度かは生まれますが、その大作を作るまでにも先人たちの多くのプロセスを土台としていることが分かります。
時代を飾る代表作が生まれても、その時代の代表作は一つのステップであり、プロセスでしかないということです。そうなんですよ。その一時代を築くような芸術作品ですら後世にとっては通過点でしかないのです。当然ですね。
一度、芸術作品を砦柵したことのある人、作詞作曲でも小説の執筆でも良いですが、中々そのアイデアというのは思いつかないことが分かると思います。最初の一筆に時間がかかり、作品を書き出したら案外すんなりと慣性の法則のように作業に簡単に取り組めることが分かるはずです。まずは5分書いてみるというアレですね。
僕は、芸術作品はプロセスであると同時に感性あるいは直感で書くはずのモノであると考えています。多くの画家や小説家、ここで言う芸術家は(否、僕のことじゃないですよ、ラフラフioi)一時代を築いたような作家や画家を言います。しかし、芸術作品によって新しいジャンルを開拓したパイオニアであると言えます。
新しい芸術としての表現力を生み出したからこそ、その大先生たちは歴史に残るような、それぞれのジャンルの代表作を生み出した偉大な先生であるのです。
僕は、この文章自体も感性によって書いています。普通の執筆化の一人ですが、直感でこの文章を現在進行形で書いています。あなたは、今までにアイデアが天から降ってくるという表現を聞いたことがあるでしょう。実際、芸術というのは一種の衝動性であるのかもしれません。
その書き手の衝動を表現したのが芸術としてのアートなのです。しかし、問題が一つあります。ただ衝動のままに芸術を作成しても読み手や視聴者からすれば、意味のわからない得体のしれない未知であると、思うこともあるでしょう。僕達にとっては、そのミステリアスで得体の知れない物こそ芸術の価値であると言えるのです。
僕の場合は、偉大な先人たちとは異なり、普通の執筆家の一人ですが、一人のアーティストとして一つの意見があります。つまり、芸術は芸術でしかないけど、その一つ一つの多くの埋もれていった作品たちは重要な後世の通過点であったと信じているということです。
僕は、このように当記事は乱雑な文章を書きましたが、直感で書いた、この文章を無難に理性で修正します。はい。修正しました。チャキーン!!感性で衝動のままに書いた文章は理路整然としないので理性で修正を入れて一貫性のある筋の通った文章を書き直すのです。
この方法は僕のオリジナルの我流についての話ですが、後から読み返しても我ながら満足するような内容となっているのです。芸術とは後世へのアートに関するプロセスであり、同時に直感で書くモノ、僕の場合はさらに理性で修正を加えるのですが、そのようなモノとして芸術を僕は解釈しています。
以上です。ご清聴ありがとうございました。普通の執筆化である、僕の一意見です。渡辺天でした。
(追伸)1,キリン堂で鏡を買ってくる。2,最初の学問は医学から始まったのか。だから医者も博士号もドクターなのか。
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